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●おいしい舌 〜舌を鍛えよう〜 【19】   伊藤 久美

「山形へ観光ですか?」

新幹線指定席の隣に座ったおじさんが、急に話しかけきた。
久しぶりの独りの旅を、のんびり読書しようと思っていた私は、
ちょっとめんどくさく思いながら答えた。
「いえ、実家に帰るところなんです。」
「私は、さっき品川で山形牛を売りさばいて帰るとこなんです。」
? どうも、JAの方らしい。
「鴬谷でこれ買ってたら電車に乗り遅れそうになって、慌てました〜」
なんと!銃!


「米沢牛」
このクオカードまで
いただきました。
 



「山寺のきのこ」
見たことのない
ものも多い!

 

50代半ばのそのおじさんは、狩猟が趣味で、今までに熊を3頭獲った
ことがあるという。熊の肉はもちろん自分でさばいて、調理する。
他に、山鳥やウサ
ギ、鹿を獲るらしい。鹿が一番食べやすいとか、
山鳥は鍋でとか。私の頭の中はジビエ〜〜、リエーブル、べガス、
コルビエール、雷鳥・・・とフランス料理
が渦巻いた。

でもご本人は、
「だども、最近はもうあんまり食べる気もしなくなってね〜。」
ウサギは味噌味でごぼうと甘辛く煮たり、野鳥は鍋にしたり、至って
普通のお惣菜に
仕立てる。

「これからは、まず鮎でしょ。そしてきのこ狩り。いろいろ採れるけど、
自分は舞茸ともだしくらいしか食べねから、とらねぐなったね。
その後はコレ(狩
猟)で、春は山菜ね。スキーも好きだから、仲間と
ペンション泊まってペンション中の酒飲んでしまったこともあるよ。
はははは!遊んでばっかりで、仕事は
合間合間にしてんだは〜!
ははははは〜!」

「スーパーに買い物なんか、あんまり行かなくても間に合いますね。」

「えっ、だって山までは500mだけど、スーパーは2kmくらい行かないと
ないからね。」

豊かに生きるとは、こういうことかな、って。
大地の恵みに寄り添い、無理せず自然体で。
「働く」ことでも、「生活する」ことでもなく、「生きる」ということはもっと
シンプルでいいのだと。

30代後半にさしかかった私は、いつも何かに追われている。
自分のことだったり、子供の教育だったり、社会人としての立場だったり、
楽しみな予定さえも、追いかけてくるようにやってくる。
でも、私のキャパシティは決まっている。

ミニマムにミニマムに。目の前の大事な人と大事なことだけでいい。

それから2時間半、彼が下車するまで私たちはポツポツと、話をしました。

新幹線のまたぎのおじさん(そう名付けました)のようにはいかないけれど、
自然体で生きることが実感できれば、またひとつ大人になるのだろう。
それは案
外難しく、次の大きな目標になるような気がします。

10年ほど前、著名な料理研究家の方が「料理は引き算です」と言っていました。
バリバリ足し算で料理と格闘していた当時の私は、今ひとつ意味が
わかりませんでした。
でも最近になって、引き算というのは自分のスタイルの取捨選択なのだと、
感じはじめました。好みやテイストが確立されることは、雑多な経験が
淘汰される
ことです。

「それで、東京は楽しいが?」

またぎのおじさんに聞かれて、「え〜まあ、慣れちゃいましたからね。」などと、
口ごもってしまった私ですが、もっと修練を積んで自分の生活を誇れるよう

なろうと、思ったのです。

「何が獲れるか分からないけど、送るよ。」

一期一会に感謝した夏の出来事でした。



「あけび」
きれいな色のわりに
苦みを楽しむ
大人の食べ物
 

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